子供の頃の記憶は、情報の断片と過剰な想像力が混ざり合い、歪んだ形で脳のどこかに残る。
とくに言葉は厄介だ。意味より先に、空気が焼き付く。
そんなことを、一本の映画が思い出させる。
『トイ・ストーリー2』の、あるシーンだった。
物語の序盤。
窓の外に掲げられた看板を見つけたウッディが、顔を強張らせて仲間たちに叫ぶ。
その単語が発せられた瞬間、おもちゃたちの間に激しい動揺が走った。
「ヤードセール」
日本ではまず耳にしない言葉だ。
教科書にも出てこないし、先生も言わない
少なくとも俺の生活圏には存在しなかった。
意味はわからなかったが、空気は明白だった。
これは危険なものだ。
取り返しのつかない何かが起きる。
ホコリを被ったペンギンの人形、ウィージーが、無慈悲に箱の中へ放り込まれる。
わずか25セントの価値として、家族の輪から永遠に放逐される。
本当の意味を理解するより先に、ヤードセール=危険、という図式だけが残った。
成長して意味を知ってから見直しても、最初に吸い込んだあの空気は消えない。
言葉の第一印象は、辞書よりも先に感情に登録される。
ニュースキャスターに深刻な顔で読まれる地名は、それだけで不穏になる。
難解な病名は、医者の表情次第で重さを帯びる。
仕組みは同じだと思う。
実際のヤードセールは、おそらく穏やかなものだろう。
芝生の上で値段を交渉する、ただの生活の延長だ。
今後もヤードセールという言葉を映画以外で聞くことはないだろう。
それでもあの単語をいまだに少しだけ警戒している。

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