地球と筋トレ

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ある夜、風呂上がりに鏡を見た。
そこに立っていたのは、貧弱で、なんとも頼りない男。
紛れもない、俺自身だった。

雨に濡れた捨て犬のような体だ。
あるべき場所に肉がない。 
この男には、明日を生き抜くための意志が宿っていない。 
このままでは、負ける。
直感的にそう思った。 
何に負けるのかは知らないが、このままでは近所のコンビニの自動ドアにすら、存在を無視される気がした。

そんなわけで、筋トレを始めた。 
食事量を増やし、肉を食らい、プロテインを流し込む。 
数ヶ月が経ったころ、鏡の中の男は「雨に濡れた捨て犬」から「散歩を待ちわびる柴犬」くらいには進化した。 
誤差の範囲と言えばそれまでだが、本人は満足している。
これでようやく、コンビニの赤外線センサーも俺を「人間」として認識してくれるはずだ。

しかし、奇妙な罪悪感が芽生え始めた。 
「この筋トレは、地球に対する背信行為ではないか」という疑念だ。

俺の筋繊維を一ミリ太らせるために、豚が死に、鶏が死んでいる。
飼料となる穀物が浪費され、運搬するトラックが排気ガスを撒き散らす。
そうして苦労して体内に取り込んだエネルギーを、俺は「何一つ価値を生まない運動」によって、ただひたすらにドブに捨てている。

最終的にこの筋肉が、獲物を仕留めたり、岩を運んだり、せめて引越しの手伝いに使われていれば、この惑星も「まあ、いいよ」と多めにみてくれるだろう。
しかし実際はそうではない。
この筋トレの先に残るのは、誰の役にも立たない、少し太くなった腕が二本と、少し暑くなった地球が一個。

世界には俺と同じように筋トレによる温暖化について考えている人がいるかもしれない。
罪悪感を覚えながら筋肉を育てている人たちが。

そこでそんな彼らのために俺は考えた。 
この無益な筋肉を、社会に還元できるシステムがあればいい。

引越しを急ぐ住民と、広背筋を追い込みたいマッチョを繋ぐ。
重い荷物に立ち往生する老婦人と、デッドリフトの負荷に飢えた男をマッチングさせる。
あるいは「開けるのが異常に硬いジャムの瓶」を抱えた家族と、前腕筋のパンプアップを望む男を繋ぐ。 
マッチングアプリである。 
名付けて「Muscle Penance」。 
これこそが真のエコロジーであり、俺が六本木ヒルズの最上階へとのし上がるための、唯一の地図ではないか。

そこまで考えたところで、俺はスマホを置いた。 
冷静になれば、そんな巨大なプラットフォームを統べる男は、一目でその説得力を理解させる「圧倒的な筋肉」を纏っていなければならない。
そして俺は数ヶ月前よりは多少ましになった程度の、どこにでもいるただの男だ。
それ以前に、まず六本木ヒルズがどこにあるか知らない。

今日も俺はスクワットを踏む。
地球のことを少しだけ考えて、すぐやめた。
回数は、途中で分からなくなった。

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