脱毛に至るまで

Uncategorized

「剃った毛は太くならない。ただ太く見えるだけ」

よく聞く話だ。

……なんだその理屈は、と思う。太く見えるのなら、それはもう“太い”のではないか?と。言葉遊びの域を出ていない気もするが、科学的にはそういうことらしい。毛根の断面が広く見えるため、伸びかけの毛が太く“感じられる”だけで、毛そのものの構造は変わっていないという。

でも、そんな理屈はどうでもいい。見えてしまったら意味がないのだ。

たとえば「怒ってないよ」と言いながらスマホを机に叩きつける人がいたら、それはもう怒っているのと変わらない。見えている現象がすべてだ。なのに「太く見えるだけだから大丈夫」と言われても、その“見えたもの”にショックを受けた心の痛みまでは、誰もケアしてくれない。

外をパジャマでうろついたら何もしてなくても怠け者に思われる。散らかった部屋に住んでると、それだけで「人生も散らかってそう」に見られる。毛だけが「いや、自分の本質は変わってません」と主張したところで、誰も聞いちゃいない。そういうところが、少し人間くさい。主張がズレてる。なんだか、俺みたいだ。

とはいえ、毛にも毛なりの事情があるのだろう。生えたいから生えてるだけで、別に誰かを困らせたいわけではない。そう思うと、少しだけ情も湧いてくる。だから最近は、毛が太かろうが細かろうが、黙って受け入れるようにしている。とはいえ、たまには剃る。お互い納得しきれないまま妥協して生きていく。それでいいと思っていた。

そう考えていた矢先、youtubeでとある広告が流れた。

脱毛か…。ふむ…。

俺は早速共存を諦めた。

コメント

タイトルとURLをコピーしました